2010年 05月 28日
ベトナム・カンボジア旅行  アンコール遺跡群編  その1
翌日から2日間はカンボジアのアンコール遺跡群巡りをしました。

今回もツアー客は私達2人だけだったので、現地ガイドさんに詳しく説明してもらうことが出来ました。
遺跡については詳しいのですが、日本語が拙いガイドさんだったので、良く聞き取れない事も多かったです^^;

異常に長いので、遺跡に興味のある方のみご覧くださいね^^

初日は「アンコール・トム」、「タ・プローム」、「アンコール・ワット」、「プノン・バケン」に行きました。

まずは「アンコール・トム」から。
アンコール遺跡群は「アンコール・ワット」が最も有名ですが、細かいものまで含めると約200の遺跡があります。
「アンコール・トム」はアンコール王朝の歴代王の中で、最も輝かしい功績を残した「ジャヤヴァルマン7世」が
造った広大な城塞都市です。

アンコールは「大きな」という意味で、トムは「町」という意味です。(アンコール・トム=大きな町)
最初に現れたのは南大門。
南大門の周りは高さ8mの城壁に囲まれています。
門の右側の低い屋根の部分が8mあります。
屋根の部分(城壁の天井)は見張りのため、幅2m程の道路になっています。

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城壁の外側は一辺3km四方のお堀で囲まれています。
現在は乾季なので、お堀の水が干上がっています。

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お堀から南大門までは橋が架かっていて、沢山の阿修羅神が蛇神ナーガの胴体を引っ張っています。
蛇神ナーガの胴体は橋の欄干の手すりになっています。

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阿修羅神の首は、殆どが復元されたもので、当時の首は泥棒が全部持って行ってしまったそうです。

お堀には野生の牛が沢山いました。

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南大門の下から四面仏塔を見上げたところ。

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南大門を入ったところ。
外から城壁には上れませんが、内側からは階段が付いていて城壁に登れます。(見張りのため)

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ここから中央の「バイヨン寺院」までは遠いので、車で移動しました。
象でも移動できます。

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バイヨン寺院に着きました。

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バイヨン寺院の特徴は、49の巨大な観世音菩薩の四面仏塔がそびえ立っているところです。
バイヨンは宇宙の中心を象徴していたそうです。

第一回廊に入る途中で、鮮やかな朱色の衣を着た仏教のお坊さんに出会いました。
若いお坊さんばかりです。

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カンボジアはポルポト政権下の大虐殺(約200万人)によって、知識層の成人男性が殆どいなくなったため
お坊さんも子供達が多いのだそうです。


第1回廊のレリーフ。
耳の長いクメール人(カンボジア人)が戦争に行く姿が彫刻されています。

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象に乗っているのは身分の高い人だそうです。
ちなみに「アンコール・トム」の遺跡の石は皇居のお堀の石ぐらいの大きさですが、
全て中国国境地帯の山から象に運ばせたそうです。


こちらの髭の長い民族は中国人です。

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アンコール王朝(クメール王朝)は、15世紀にタイのアユタヤ朝に滅ぼされるまで、
隣国の中国軍やベトナム軍(チャンパ軍)との戦いが絶えなかったそうです。


第1回廊の角を曲がったところ。
当時は全ての回廊に屋根が付いていたそうです。

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第1回廊から、第2回廊の屋根と中央祠堂を見上げたところ。
第2回廊は修復されて屋根が付いていました。

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当時の庶民の生活。

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中央は豚を茹でているところ。
右は「トンレサップ湖(雨季には琵琶湖の10倍になる巨大淡水湖)」で捕れた魚を焼いています。
私も「スネーク・フィッシュ」というトンレサップ湖で捕れた魚を食べましたが、あっさりしていて美味しかったです。
後で調べたら「スネーク・フィッシュ」というのは雷魚の事だそうです。


チャンパ軍(ベトナム軍)との海上戦。

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ベトナムは海上戦に強く、カンボジアは陸上戦に強かったため、このレリーフではカンボジアが負けて
捕虜として運ばれています。


アプサラス(天女)のダンス。
現在もアプサラダンスとして残っています。
石の上の穴は、象に石を運ばせるための穴だそうです。

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第2回廊から第1回廊を見たところ。
修復されていない部分は、全て瓦礫の山になっています。

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「アンコール・ワット」も含めて全てのアンコール遺跡群は、19世紀半ばに来航した西欧人によって発見された時は、
石材が崩れ落ちた瓦礫の山だけで、現在の姿とはかけ離れたものだったそうです。


「ジャヤヴァルマン7世」は仏教もヒンズー教も受け入れたため、庶民の信頼も厚く非常に王朝が栄えたのですが、
後の「ジャヤヴァルマン8世」が仏教を嫌って禁止したため、仏像のレリーフは全て壊されてしまいました。

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仏像のレリーフは壊れた跡だけが寂しく残っていました。


この柱のレリーフも、もともとは仏像が描かれていましたが、「ジャヤヴァルマン8世」の命によって
ヒンズー教の像に描き変えられました。

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足の組み方が仏像からヒンズー教の像に変わっています。


小さい柱の上部には、難を逃れた仏像のレリーフが残っていました。

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こちらはデヴァター。

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デヴァターとはクメール語で女神の事です。
デヴァターは何体も見ましたが、どれも表情が豊かで魅力的でした。


第2回廊には仏像が置いてあって、お参りに来ている地元のクメール人がいました。
現在、カンボジアは人口の95%が仏教徒です。

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中央祠堂を取り囲む四面仏塔。

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民族衣装を着たクメールの女性達。

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中央祠堂から四面仏塔を眺めたところ。

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真ん中が中央祠堂。

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中央祠堂から第2回廊を眺めたところ。

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絵を描きに来ている若者。

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バイヨン寺院を後にして、「象のテラス」に向かいました。

途中で「パプオン(隠し子)」というピラミッド型の寺院が見えました。
ガイドさんによると、現在フランスの資金で修復中との事でした。

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象のテラス。
ここは大きな広場になっていて、閲兵や戦いの練習場として使われたそうです。

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高さ4m程の壁いっぱいに象やガルーダ(神鳥)のレリーフが施されています。

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「ガルーダ」とは鷲の顔と人間の体をもつ神鳥です。
テラスの下で世界を持ち上げている様子が彫刻されています。
テラスの上の欄干には7つの首を持つ蛇神「ナーガ」がいます。
「ガルーダ」も「ナーガ」も、ヒンドゥー教のヴィシュヌ神(宇宙の維持を司る神)の乗り物だそうです。


プラサット・スウル・プラット
全部で12個ある塔で、塔と塔の間に綱を渡して踊り子を渡らせたそうです。
全部渡りきると、戦争に勝つと信じられていたとか。

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癩王のテラス

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癩病にかかった王様の像があるというのでフランス人に付けられたそうですが、
実際は苔などで像が白く変色したのを癩病と勘違いしたそうです。


テラスの上には癩病と勘違いされた王の像がありました。

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「アンコール・トム」には東西南北に門がありますが、東側だけは門が2つあります。
1つは勝利の門、もう1つは死者の門というそうです。
戦いに勝った時は勝利の門から入り、負けた時は死者の門から入ったそうです。

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勝利の門から車で出ました。
阿修羅神の頭は全て切り取られていました。


次はガジュマルの一種のスポアン(溶樹)に寄生されたままの姿で保存された「タ・プロム」遺跡に行きます。



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by jirojirohirohiro | 2010-05-28 22:35 | Travel | by Jirohiro


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